BLANCARTE

Curiosity killed the cat, but I love being curious. 軽妙洒脱にいきたいだけ

Words from London | 東京をトランク1つで抜け出したことの彼や是を

拝啓

4月のある日の夜、幾らかの日常着と勢いの詰まったトランクを引きずって、ロンドンの地に降り立ちました。

1週間後、ふだんはあまり使うことのないfacebookに「MOVE TO LONDON, United Kingdom」と投稿しました。久しぶりだったものですから、恐る恐る投稿したと思います。

さして珍しいご報告でもないもののいろいろな方々からご連絡をいただいたこともあり(久しぶりの方々も多く、覚えてもらっていたことが嬉しかったです)良い機会ですので近況報告と備忘を兼ねて、ひとつ書き記しておこうと思います。早いもので1ヶ月近くが経とうとしていることですし。

あらかじめ断っておきますが、これはバリバリのキャリア挑戦記でも、淡い恋の回顧録のそれとも違いますからね。わたし自身が、いそいそとカフェで書き記したに過ぎない、いわば雑記なのです。

では、どうぞ。

どうしてロンドンに?に対して

そもそも、今回多くの人にはこのことは告げずに来てしまいましたから無理もありません。「なぜ海の外へ出たのか」と「なぜロンドンを選んだのか」−−−、似て非なるそんなところからちょっと個人的なことを書こうと思います。

マズローの欲求をすっ飛ばしつづけることの空虚感

いくつかある前者の理由をクルッとまとめて答えると「覚悟」のお話です。

そもそも、東京で生まれ東京で育った26年間、(なんだかんだ)箱入り娘のように守られた環境下にいたわたしは、実家を出たことがありませんでした。

いつかは出る時がくるかもしれないとは思っていたとしても(東京に居つづけたとしたら、もうとっくに来ていたとも思う)、家族で囲むご飯が好きでしたし、居られるうちは一緒に生活するということに何の不満も抱いていませんでしたから。そういう意味では「良い娘」なのかもしれません、なんだかんだね。

それと同様に、こうも感じていました。「ずっとこのままで良いわけもない」と、ほんのりと。

まずその感覚は、社会人と言う世間体を鑑みたとき、導かれるかもしれません。そして浮かびあがった事柄に対し、「東京で一人暮らしをする」という選択はひとつの答えだったでしょう。料理、洗濯、掃除、ゴミ出し、買い出し、とか。“健康で文化的な最低限度の生活” を営むうえで必要とされる最低限のタスクを東京のとあるマンションの一室でコンプリートする。それは多分に “あり” な選択です。

しかしながら、可笑しなことに、わたしにはどうしたって「東京」でそれを営む選択肢を持てませんでした。なぜかというと、きっとわたしにとって東京が「過ぎた」都市だったからだと思います。ノイズが多過ぎたし、恵まれ過ぎていたし、知り過ぎたこの都市は、きっと身近過ぎたのだと思います。個人主義に走るうえでわたしにとって東京は、妙に恥ずかしかったのです。

加えて、「覚悟」には「孤独を感じる距離」を要しました。でないと意味がないのかもしれないと。それも可笑しいかもしれないけどね。

london

そして、それ以上に重症だったのは、より個人的な状況です。

「過ぎた」都市・東京で、社会とつながりを太くなるに反比例して、「(なんだかんだ)良い娘」とで広がる乖離(かいり)。

「歪みのような小さな空虚感」と呼びたいです。低次元のマズローの欲求を自分で確立させず、高次元に目を向けようとすることによるそれは、社会とのつながりが色を増すごとに、のっそりと、確実にのしかかってきていました。

(そういえば、海の外へ出ることへの不安は?に対しては、行かないことへの不安が勝ってしまいましたとしか答えるのかもしれません。そういったお話は ROBE issue.3 でもご紹介した『ある光』に代えておきます。羽田空港から飛び立つとき、この曲以上に似合う曲は見当たりませんでしたから。あはは)

 
そしてやっぱり前述の “乖離” については、「地球の裏側まで来る」という荒治療以外は解決しなかったように思います。なぜって、そこの原因には思っているよりもずっともっと根深いものが絡んでいたでしょうから。パーッと千切って話してフラットにするうえで、必要な作業だったはずです。

そんなようなことは、ここにも明るく書いたような気がします。

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「初めて」を重ねる無二の都市

さて、後者。「なぜロンドン?」の方です。

ただもう、答えは先ほどの動機であらかた終わっています。最初からそれ以外の選択肢がなかったからです。

1991年夏(0)

家族はロンドンに駐在していました。出産日が近づくなか急遽東京へ戻らねばならなくなり、1ヶ月近く出産予定日を遅らせながらも、母はわたしを抱えた母体のまま、帰国に関する彼是(あれこれ)をこなしました。

その事を聞いて育ったせいか、ロンドンはどこか憧れで、遠く身近な都市のひとつでした。

2006年夏(15)

中高一貫女子校の林間学校をスキップし、夏休みの間じゅう、ロンドン郊外のカレッジに一人わたしを送り出してくれました

  • 広大な敷地に見渡す限り緑と歴史ある煉瓦づくりの建物
  • 窓から注がれる朝日で目を覚ます朝
  • 炎天下のなか人々の隙間から見た英兵の行進
  • 灼熱の太陽の光を反射して眩いばかりに光るブライトンの海
  • 夜遊びをしてよじ登ったカレッジの塀
  • 拙い英語同士で交流した友人
  • やけに臭いの残るピザ
  • 大好きだった眉目秀麗なルームメイト
  • 部屋の窓に小石を投げて合図を送るボーイフレンド
  • まだ綺麗だった電子辞書
  • 25人しかいなかったfacebook「フレンド」
  • myspaceのミューズたち
  • yahooメールの受信箱
  • 『ハイスクール・ミュージカル』

当時思春期真っ盛り。東京で感じていた疎外感を感じずに済む「初めて」は、ただ愛おしく、青春の形容詞で広がるのは、上記に挙げたそれらです。都会ではないけれど、青い空と木々の緑で彩られた美しい色彩。

2011年春(19)

年度の跨ぎ、客員教授として赴任していた親戚の家へ転がり込んだ数ヶ月。納豆食べて、ラーメン食べて、回るお寿司を食べて、パブで酔う。絵に描いたように幸せな時間だったのかもしれません。facebookには幾枚も写真をアップロードしていました(いまは恥ずかしくて公開設定にしていたのかな、していないんじゃないかな)。そしてこの「かもしれません」という曖昧な表現は、今となってはそれらのディテールを思い出すことができないからでしょう。3.11の衝撃が理由であることは、挙げるまでもありません。

  • オンラインが越えてくれない物理的距離
  • 100人に満たないfacebook「フレンド」
  • 毎日入れ替わるBBCの現場レポーター
  • 何不自由なく毎日を繰り替えす自分
  • 手に取った『1Q84』
  • 帰国のフライトを探す友人
  • 「地震って何?」と聞いたロシア人の友人
  • がらんどうとした帰路のフライト
  • 灰色に染まった新宿西口

いま、当時を省みる投稿を読み返すと、支離滅裂で荒削りで、そして自分が受け止めきれなかった断片が手から溢れかえっていたことを思い出します。

ただ、そのとき「初めて」感じたのは、スイスコテージの家で寝っ転がりながら、なぜか「文章を書くことは続けなくてはいけない」と思ったことでした。それはいずれかにも書いたと思います。


ONE YEAR LATER(2012-03-11)

WHEN I WAS 19.(2013-03-12)


2018年春(26)

その後、パタリと7年間、地球の裏側へ来ることはありませんでした。

ときどき演劇に身をやつした学部時代、オックスフォード演劇協会の日本公演製作補助をしたりはしたものの、暮らした土地に旅行で戻りたい衝動は起こりませんでした。もしかしたら、東京が刺激的であったということかもしれません。いずれにせよ、ロンドンへ行きたいという浮き足立った気持ちはすっかりどこかへ潜んでしまいました。

そのあとのことは、前述(あるいはインスタグラムの投稿)に記した通りです。

つまるところいつかは戻る場所だと感じてきたから来てる。ロンドンに関してはそんな感じです。

flower at supermarket

で、なにをするのか?

なぜ?の次に聞かれたのがこの質問(それもそうですね)。

しばらくは生命活動を営む力を身につける(=つまり自分自身で、低次元のマズローの欲求を満たす)時間、と思っています。

炊飯器もろくに触ったことがなかった人間が、日本の白米でもないお米を炊飯器でもないお鍋で炊いてるのですから。「ポンコツじゃん!」と言われる状況で最初から全てがうまくいく方が可笑しいと言われるのは、ちっとも可笑しくなんてありませんでしょう。

とはいえ、そんな回答ではあまりに不透明なので、日本からお仕事(ライター/ブランディングコンサルタントとして)をいただきつつ、並行して現地での仕事をしていくことになります。

結局、「仕事は人からしか来ない(もしくは、つくるか)」は真理であって、わたしは仕事が好きなのだと思います。

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そして、現在のビザが切れるときまでに「東京とロンドンを行き来できる生活をすること」がいまの目標。理想ではなく目標です。どうしたらいいかの〈HOW〉は思案しているところだけれども。言霊ってテキストにもあるかもしれないですよね?あ、手段が目的になっていない?という指摘は聞かないことにしたい今です。我ながらミレニアル世代!

※ お仕事についてはWORKSページよりご覧いただけます(掲載できないものもございますが、あらかじめご了承ください)

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“退屈日記” と交換日記と、

#碧のロンドン退屈日記

日々の更新はインスタグラム(@mdrtkk)でしばらくはコンスタントに続けることしています。

ハッシュタグ:#碧のロンドン退屈日記

『ヨーロッパ退屈日記』より命名しました。イタリアのパスタの食べ方からイギリス紳士のビスポークスタイルに至るまで綴られた洒脱さを見習って、という思いです。初志貫徹している伊丹さんの洒脱さもまた、憧れに近い感情です。

ブロガーを名乗り始めた当初からずっと流行に流されない「スタイル」に惹かれてきたけれど、そういえばロンドンはよりその価値を受け入れる土壌がより整っているように感じるし、やっぱりそこは東京ではなく京都を思い出します。

交換日記も、はじめました

せっかくだからこの話も。恐らくつらつらと自分の気持ちを綴るうえで「対話」を求めていたのだと思います。

ときに、意気投合したのが東京で生きる同世代のふたり。

コミュニケーターとして生きる若葉ちゃん(@wakaba.world)、そして花人として生けるおゆちゃん(@oyueuyo)。マガジンの名前は(仮)で、交換しながら考えているところ。いい名前があったら教えてください。いまのマガジン名はなんだかアイスクリームを彷彿として、買えないもどかしさが募ります。

これまでわたしは2投稿しました。感じたことをできる限り柔いテキストで繋ぎとめておくっていうのは、カチコチに冷凍保存するよりも鮮やかな保存方法なのかもしれません。

そして意外だったのは、二人から「文章が変わってきている」と指摘されたこと。「器と魂が合致した!」そうだとしたら、嬉しい。


【其の一】「ひたすら柔らかく、時々ピリッとトゲもあることば」で、まずは倫敦余談便りを

【其の二】空は鼠色、恋は桃色。あるいは、じぶんの “好き” がだれかの「それ」だった場合


view from the shard

「女の人生は26で変わる」という命題の個人的見解

昨夏の誕生日「女の人生は26で変わるよ」と言われたことがありました。とある平日の陽の強い昼下がり、恵比寿のウェスティンホテルでの1シーンです。

フレッシュフルーツを啄ばみながら、「ほんとうだろうか?」と半信半疑に思いながらも、その待ち受ける何かに、ほんの少しわくわくしたものです。そのあとすっかり忘れていましたが、ふとトランク1つ飛び出してから思うことは、どうやらその一歩を踏み出していたということ。

 

ただ、いま、こうして久しぶりに身の上を晒してみていることに深い理由はありません。

深くない理由を挙げるとしたら、軌跡を晒せばいずれ曖昧に溶ける記憶を繋ぎ止めておけるかもしれないから、そして、日々は色彩ある物語であると体現できるかもしれないから、ということにしてください。

偶然にも、もともとこのブログ〈 BLANCARTE 〉の名前に込めた想いも、似ていました。(もう一度聞きます。言霊ってあると思います?)

ブログ名〈Blancarte〉の由来は「白」「地図」。真っ白な地図を自分なりに彩った人生の軌跡を描きたい、という想いで名付けました。綴られるのは、ファッションや大好きな写真や映画、そして日常を介して感じたこと。取るに足らなかったかもしれない連綿とつづくいちにちが、誰かの「地図」を彩るきっかけになりますように。(ABOUTより)

東京が恋しくないと言ったら嘘になると思います。

大事な人たちや泣く泣く置いてきた一張羅、開封していないランコムの美容液、豆乳ベースの自家製ラザニアに、あたたかなお風呂、行きたかった音楽ライブ、見逃したくなかった美術展。もちろん恋しくないなんて言う方が無理かも。

ただ、そんな愛おしいモノゴトを置き去りにして/なかなか出来上がらない生活リズムに芽生える焦燥感を踏まえて/個人主義社会のもたらす孤独を感じても、足りないものに飽きずに向き合えることは可笑しくも愉しいのです。

そして、そう思っている今の自分は、嫌いではないと思います。

cherry blossom seen in london

 
 

東京は今日も暑いそうですね。

湿度が懐かしいだなんて言ったら、あなたに顰めっ面されそう。

新緑まぶしい緑の下、くれぐれもご自愛してください。

たぶん、またきっと書きます。では。

 
 

二〇十八年五月五日
コヴェントガーデン, ロンドン
碧 拝

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テーマの著者 Anders Norén